超高真空 走査トンネル顕微鏡
走査プローブ顕微鏡(Scanning Probe Microscope:SPM)は、各種プローブを用いて試料表面をナノメートルから原子レベルの分解能で観察する装置の総称です。
表面科学の研究を始めたのは、1986年に新技術事業団(現・科学技術振興機構)のERATO青野原子制御プロジェクトの研究員として研究に携わったことがきっかけです。当時から表面観察装置の開発も進めており、1990年に大学へ着任した後には、超高真空中で測定を行う走査トンネル顕微鏡(Scanning Tunneling Microscope:STM)を独自に開発しました(図1)。この装置は、超高真空チャンバー内にSTMを設置し、原子レベルで清浄な表面を観察するためのシステムです。



図2に、開発したSTM制御装置の構成を示します。当時はWindows PCにDSP(Digital Signal Processor)ボードと、ADCボード、DACボードを組み合わせた構成を採用し、C言語によるディジタルPI制御によって探針の高さを制御していました。
探針には電解研磨によって先端を鋭利に加工したタングステン(W)線を使用し、これを円筒型圧電素子に取り付けています。探針を試料表面まで約1 nmまで近づけると、量子力学的なトンネル効果により約1 nAのトンネル電流が流れます。この電流が一定となるように探針高さを制御しながら、探針をX方向およびY方向へ走査することで、表面の原子配列を画像として取得できます。
制御装置のアナログ回路はすべて手はんだで製作しました。特にトンネル電流を増幅するプリアンプには、金属缶封止型の低雑音・低バイアス電流のオペアンプを採用し、ノイズを低減するため超高真空チャンバー内の探針近傍に配置しました。一方、アナログ回路とADC/DACボードは離れた位置に設置されていたため、同軸ケーブルで信号を伝送し、外来ノイズの影響を抑えるための対策を施しました。
この装置を用いて、超高真空中で作製したSi(111)-7×7再構成表面上にアルミニウム(Al)原子を蒸着した際のSi原子の移動現象を研究しました。図3のSTM像は試料に印加するバイアス電圧によって原子の位置によって明るさが変化し、Al原子は高いバイアス電圧では明るく、低いバイアス電圧では暗く観察されます。また、Al原子が吸着したことによって元の位置から押し出されたSi原子は、7×7再構成表面の三角形状の半単位胞内を移動し、その動きがSTM像ではノイズ状の揺らぎとして観察されました。この研究により、半導体表面における原子レベルの動的な振る舞いを直接観察することができました。
論文
H. Uchida, et al., “Study of adsorption of Al atom on Si(111)7×7 surface”, Surface Science Vol. 566-568, pp.197-202 (2004).
H. Uchida, et al., “Hopping Al Atom on Si(111)7×7 surface studied by scanning tunneling microscopy”, physica status Solidi (b) 241, No.7, pp.1665-1668 (2004)
大気中用 走査トンネル顕微鏡
2003~2004年度に、文部科学省「都市エリア産学官連携促進事業(豊橋エリア・一般型)」において、(株)アルファプロジェクト様、(株)片山電子様と共同で、大気中で使用する3種類の走査プローブ顕微鏡(SPM)の開発を行いました。この事業では、大学の研究成果(シーズ)を企業との共同研究によって実用化・製品化することが重要な目標の一つでした。
図4に、開発した大気中用走査トンネル顕微鏡(STM)を示します。装置の中核となるSPM制御回路の基本構成は、図2で示した超高真空STMの制御システムを発展させたものです。ただし、探針高さのディジタルPI制御やXY走査制御には、32ビット組込みマイコンであるSH-4(ルネサスエレクトロニクス製)を採用しました。PCは観察画像の表示や各種設定を行い、制御コマンドをSH-4マイコンへ送信する構成となっています。このSPM制御回路は、以下で紹介する他のSPM装置でも共通して使用しました。
私は装置全体のシステム設計、機械構造の設計およびアナログ電子回路の設計を行いました。一方、SH-4マイコン周辺回路、ディジタル回路、制御ソフトウェア、プリント基板の設計・製作は共同研究企業が担当しました。
本装置では、マイコン、ディジタル回路、アナログ回路を1枚のプリント基板上に集積したため、超高真空STMで用いていたような手配線や同軸ケーブルによる長距離配線が不要となりました。その結果、ノイズが大幅に低減され、より安定したSTM観察を実現することができました。

図4(c)に示す画像は、HOPG(Highly Oriented Pyrolytic Graphite:高配向性熱分解グラファイト)表面を観察したSTM像です。HOPGは炭素原子が規則正しく積層した材料であり、大気中でも表面が化学的に安定しているため、原子分解能観察の標準試料として広く利用されています。この装置により、大気中においても炭素原子の配列を明瞭に観察することができました。さらに、大気中では酸素や水分の影響を受けにくい材料や分子の表面構造を観察することが可能です。
内田裕久他, 豊橋技術科学大学 研究基盤センター年報, pp.56-59 (2005).
原子間力顕微鏡/磁気力顕微鏡
2005年から、文部科学省「都市エリア産学官連携促進事業(発展型)」の支援を受け、原子間力顕微鏡および磁気力顕微鏡(Atomic Force Microscope / Magnetic Force Microscope:AFM/MFM)の開発を行いました。
原子間力顕微鏡(AFM)は、カンチレバーと呼ばれる微小な片持ちばねの先端に取り付けた鋭い探針を微小振動させ、試料表面との原子間力を検出しながら表面形状を観察する顕微鏡です。探針先端の曲率半径に対応したナノメートルスケールの微細構造を観察することができます。
本装置(図5(a))では、機械部の設計・開発を担当しました。制御装置には、前述したSTMで開発したSPM制御回路を共通して使用しており、ソフトウェアや電子回路を共通化することで、複数のSPM装置に対応できるシステムを実現しました。
図5(b)は、SiO₂(二酸化ケイ素)の微小球を自己組織化によって配列させたオパール構造のAFM像です。サブミクロンサイズの球状粒子が規則正しく並んだ表面構造を、高い空間分解能で観察することができました。

磁気力顕微鏡(MFM)は、磁性材料をコーティングした探針を用いて試料表面近傍の磁気力を検出し、磁区構造を可視化する顕微鏡です。表面形状だけでなく、磁性材料内部の磁化状態や磁区分布を非破壊で観察することができます。
図5(c)は、テルビウム鉄(TbFe)薄膜表面の磁区構造を観察したMFM像です。磁化方向の違いによって形成された磁区が明瞭に観察されており、磁性薄膜の評価や磁気記録材料の研究に使用できることを示す結果が得られました。
Hironaga Uchida, et al., “Development of Compact Scanning Scanning Microscope System: STM Unit, AFM/STM Unit, SPM Controller and Control Software”, Korea-Japan Workshop on Advanced Semiconductor Process and Equipments, Proceedings, pp.285-291 (2007).
走査近接場光学顕微鏡
2007~2009年に豊橋市の助成を受けて,光を使用する走査近接場光学顕微鏡(Scanning Near-Field Microscope: SNOM )を開発しました.
このSNOM(図6(a))では、先端を鋭く加工した光ファイバーに金属膜を形成し、先端部に微小な開口を設けた光ファイバープローブを使用します。レーザ光を光ファイバーに導入すると、先端の微小開口から近接場光と呼ばれる局在した光が発生します。この近接場光を試料表面に照射し、表面で散乱した光を光電子増倍管で検出することで、光学像を取得します。
光ファイバープローブは、チューニングフォークと呼ばれる水晶振動子に取り付けられています。チューニングフォークを共振周波数付近で振動させ、プローブ先端が試料表面に近づいたときに生じる共振周波数の変化を検出します。この周波数シフトが一定となるようにプローブ高さを制御しながら表面を走査することで、試料表面の形状を測定します。
本装置では、AFMと同様の表面形状像と、近接場光による光学像を同時に取得することができます。そのため、ナノメートルスケールの表面構造と光学的な性質を対応づけて評価することが可能です。

図6(b)は、Siで作製された周期的なライン構造を観察した結果であり、表面の高低差を示すトポグラフィ像が得られています。図6(c)は、柱状構造を有する試料を観察した結果です。左は表面形状を示すトポグラフィ像、右は光ファイバープローブで測定した光強度像を示しています。形状像と光学像を比較することで、微細構造と光応答の関係を評価することができます。
内田裕久、”3.1 近接場光学顕微鏡”、電気学会技術報告 ナノスケール磁性材料の新機能-作製・評価・応用、第1304号, pp. 34-37 (2014).
